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2025-05-19号
今週の気になったニュース
かつて「頭が良い」というと、IQが高く、学校のテストで素早く正確に正解を導き出す能力を指すことが多かったかもしれません。しかし、変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の頭文字をとった「VUCA」と呼ばれる、変化が激しく先行きが見えない現代においては、この認識は時代遅れになりつつあると言われています。
お茶の水女子大学の脳科学者、毛内拡先生は、VUCA時代に本当に重要になるのは、**正解がない問いに対して粘り強く考え続けられる「脳の持久力」**だと指摘しています。この「脳の持久力」が高い人の脳には、脳の中枢神経系を構成する「グリア細胞」がしっかりと働いているという特徴が見られます。ニューロン(神経細胞)が情報の処理など脳の中心的な役割を担う一方で、グリア細胞はニューロンに栄養を与えたり、老廃物を回収したり、損傷を修復したりと、その活動を支える重要な役割を担っています。例えるなら、家庭生活において、グリア細胞はなくてはならない家事のような存在です。グリア細胞が多いほど「脳の持久力」が高まり、粘り強く考え続ける能力、つまり現代において「頭が良い」と言える状態につながるとされています。複雑な脳を持つ動物ほどグリア細胞が多く、20世紀最大の知性とも称されるアインシュタインの脳の一部には、一般的な人の2倍ものグリア細胞が見られたという例も挙げられています。
残念ながら、脳の細胞(ニューロンやグリア細胞)の数は生まれてから減る一方で、増やすことはできません。しかし、グリア細胞の活動を活性化することは可能です。グリア細胞の活動を活発にする要素は大きく二つあります。一つは、ただ新しいだけでなく、**「普段の自分だったらやりそうにない珍しい体験」を意味する「新奇体験」**です。もう一つは、喜怒哀楽だけでなく、ワクワクして心臓がドキドキしたり、びっくりして体が緊張したりといった、**身体的変化を伴う「情動喚起」**です。これらの体験は、脳をある種の「ピンチ」に陥らせ、過去の記憶を総動員したり、状況から学んで将来に活かそうとしたりする中で、グリア細胞が活性化されると考えられています。毛内先生は、こうした経験を得るための一つの方法として「ひとり旅」を推奨しています。ひとり旅では、行き先、食事、宿泊、交通手段など、自分で考えるべきことが多く、初めて訪れる場所であれば多くの「新奇」な体験ができるでしょう。忙しい場合でも、普段の通勤ルートを変えるだけでも、日常の中でグリア細胞を刺激することにつながるとされています。
知性と関連する興味深い事例としては、量子物理学者ヴォルフガング・パウリと心理学者カール・グスタフ・ユングの交流が挙げられます。ノーベル物理学賞を受賞したパウリは理性的な存在でしたが、母の自殺や離婚、量子力学の難解さなどから精神的に病んでいました。友人たちの勧めもあり、彼はユングの心理分析を受けます。パウリが見た夢の記録には、ユングが心の構造を探るのに用いる「マンダラ」に近い象徴が多く現れ、ユングを驚かせました。さらに、ユングによる夢の分析内容が、物理学の相補性(観測するまで物事の状態は確定しないという考え方)を想起させるものだったため、パウリは自分の無意識下に物理的原理が反映されていると感じ、ユングもまた、パウリを無意識の深層と強く結びついた特異な被験者として興味を持ちました。二人は共に1000を超えるパウリの夢を分析し、「心」と「物質」の世界をつなぐ共通の基盤が存在するのではないかという仮説にたどり着き、それが**「共時性(シンクロニシティ)」**という概念へと結実しました。ユングの提唱した集団的無意識などの理論は、証拠がなく正式な科学としては扱われていませんが、彼の提言は現代においても多くの人々の関心を集めています。共時性は、心と物理が交差する“意味のつながり”を示す、興味深い哲学的な理論と言えるでしょう。
また、知能と人生の選択、特に生殖行動に関する研究も、現代社会のパラドックスを示唆しています。少子化の原因としては経済格差がよく指摘されますが、最近の研究では、高学歴・高収入といった経済的に有利な人ほど、子どもの数が少ない傾向にあることが明らかになっています。さらに、知能の高い人ほど思春期が早く訪れる(身体的には早熟である)ことも確認されており、進化的な視点からは、これは子孫を多く残すのに有利な特徴と考えられます。システム・インテグリティ理論によれば、知能の高い人は体内の生理的システムが効率的に働くため、健康で長寿であり、思春期も早いと予測されます。実際、過去の研究では、知能の高い男性ほど精子の質が高いという報告もあります。しかし、進化的に生殖に有利なはずの知能が高い人々が、多くの国の統計データでは、出産年齢が遅く、最終的な子どもの数も少ないという傾向が見られます。この「早熟だが晩産」という矛盾は、シンガポールとイギリスの共同研究チームによる大規模な長期追跡データの分析によって検証されました。彼らは知能の高い人が思春期を平均より早く迎える傾向を確認しましたが、性交、結婚、出産の時期はいずれも知能が高い人ほど遅れ、最終的な子どもの数も少ないという真逆の結果を示しました。この大きなパラドックスの構造は、現代社会においては、進化的に有利な特徴が、むしろ出産を遅らせたり、子どもを持たない選択につながったりしていることを明らかにしています。研究チームは、この矛盾は社会・心理的な「選択」が生殖行動に強く影響していることで説明できるという結論に至っています。
現代における社会・心理的な「選択」の変化は、結婚の形にも現れています。こども家庭庁が2024年に15歳から39歳の男女2万人を対象に行った調査によると、**既婚者の4人に1人が「アプリで出会った」**と回答しており、マッチングアプリが婚活の「主役」に躍り出ています。これは、人々の出会いや関係構築における選択肢が多様化し、従来の社内結婚などが減少傾向にある 現代を象徴する変化と言えるでしょう。
これらのソースから見えてくるのは、知性や能力の捉え方が変わりつつあり、変化の激しい現代においては、単なる知識や計算能力だけでなく、「脳の持久力」や「社会・心理的な選択」の重要性が増しているということです。また、理性では捉えきれない心と物質のつながりを探求する試みや、進化的な傾向に反して社会的・心理的な要因が人生の選択に大きな影響を与える現状は、現代社会の複雑さと、人間の多様な側面を示しています。
変化の時代を生き抜くためには、脳を活性化するような新しい体験を積極的に求め、多様な視点から世界を捉え、そして自らの人生における様々な選択肢とその背景にある要因を深く理解することが、これまで以上に求められているのかもしれません。
なぜ最強モンゴル軍は西ヨーロッパへ来なかったのか?
まずご紹介するのは、「【世界史ミステリー】最強モンゴル軍が西ヨーロッパに侵攻しなかった決定的理由」という記事です。この記事は、世界史講師の伊藤敏氏によって書かれたもので、同氏の著書『地図で学ぶ 世界史「再入門」』の一部を抜粋・編集したもののようです。伊藤氏は、地図を活用することで歴史の背景や構造が鮮明になることを重視しており、その解説には定評があるとのことです。
記事によると、モンゴル帝国は1206年にテムジン(チンギス・カン)によって建国されました。その後、ユーラシア大陸各地へ大規模な遠征が繰り広げられます。チンギス・カンの後を継いだ三男のオゴデイ(オゴタイ)は「カアン(大カン)」の称号を名乗り、中国への進出を本格化させ、金を滅ぼしました。
そして、オゴデイ・カアンは甥のバトゥを総司令官とする征西を命じます。バトゥ率いるモンゴル軍はキエフ・ルーシを崩壊させ、さらに東ヨーロッパに侵攻しました。1241年には、モヒの戦いでハンガリー王国に壊滅的な打撃を与え、別働隊はポーランドを荒らし回りました。
モンゴル軍はさらに西ヨーロッパに迫る勢いでしたが、ここで突然引き返します。その理由として記事が挙げているのが、オゴデイの訃報と兵站(食料や物資の補給)の確保でした。これにより、西ヨーロッパは間一髪、モンゴルの襲来を免れたのです。歴史の「もしも」を考えると非常に興味深い展開ですよね。この記事は、地図で歴史を学ぶことの重要性を示唆しており、現代社会を読み解く教養にもつながるとしています。
東アジアでは異質だった?礼文島の縄文人のルーツ
次にご紹介するのは、「東アジアではかなり異質だった礼文島の縄文人、古代DNAで一目瞭然の結果が明らかに」という記事です。これは、国立科学博物館の神澤秀明さんという、日本における古代人類のゲノム研究の第一人者へのインタビュー記事です。
神澤さんは、大学院時代から古代DNA研究の黎明期に関わっており、自ら研究設備を立ち上げた経験もあるそうです。特に、2010年頃からの次世代シークエンサーという技術革新によって、核DNAも分析対象になったことが、この分野を大きく進展させました。スバンテ・ペーボさんらによるネアンデルタール人のゲノム決定論文に影響を受けたとも語っています。
古代人骨からDNAを抽出する手順も紹介されており、形態研究への影響を減らしつつ十分なDNAが得られる部位を選び、クリーンルームで汚染を防ぎながら作業する必要があるとのことです。当初は臼歯や大腿骨が使われましたが、現在は頭蓋骨の内耳が適しているそうです。
この記事の中心的な発見は、北海道の礼文島で発見された縄文人が、東アジアの他の集団とは遺伝的にかなり異質であったという点です。詳細は記事中には明記されていませんが、関連記事のタイトルには「異質で均質な驚きのルーツ」とあり、古代DNA研究が、文字史料だけでは分からなかった過去の人々の移動や集団の多様性について、新たな事実を明らかにしていることが分かります。科学の力で、数千年も前の人々の姿が少しずつ見えてくるのは、なんともロマンがありますね。
二束三文で購入された「複製」が、実は「世界で最も貴重な文書」だった!
最後は、「米大学が二束三文で購入のマグナ・カルタの「複製」、貴重な原本と判明」という驚きのニュースです。これは、アメリカの大学図書館が長年「複製」だと思っていた古い文書が、実は極めて希少なマグナ・カルタの原本だった、というお話です。
発見の舞台となったのは、米ハーヴァード大学ロースクールです。問題の文書は「HLS MS 172」として図書館に保管されていましたが、1946年に**わずか27ドル50セント(当時の二束三文)**で購入された際も、競売カタログには1327年の写しと記載されていたそうです。
しかし、イギリスの学者であるデイヴィッド・カーペンター教授らが、この文書を詳細に分析した結果、1300年にエドワード1世の治世下で作成された、所在不明になっていたマグナ・カルタの原本の一つであると結論づけました。教授はこれを「素晴らしい発見」と称賛し、その価値は数百万ドルに上ると述べています。
マグナ・カルタは、1215年にイングランド王ジョンによって発布された文書です。これは、臣民の自由と権利を保障し、王権を法の支配下に置くことを定めたもので、圧政的な支配者に対する人権発展の重要な一歩であり、世界各国の憲法制定にも影響を与えた「世界史上で最も有名な文書」の一つとされています。
原本の確認には、紫外線および分光イメージングによる画像分析が行われました。その結果、筆跡や寸法が他の1300年版の原本と一致し、さらに文書の語句や語順も1300年版の他の原本と完全に一致したことが「決定的な証拠」となったそうです。発見そのものに加え、その価値に何十年も誰も気づかず、安値で売買されていたことにも教授は「まったくもって驚かされた」と述べています。
現在、1215年から1300年までの原本は25点が現存しており、大半はイギリス国内にありますが、米国やオーストラリアにも所蔵されています。今回の発見で、そのリストにハーヴァード大学の文書が加わることになります。ハーヴァード大学側もこの発見を喜び、図書館が資料を収集・保存し、研究者に提供することの重要性を示す好例だとしています。この貴重な原本が近く一般公開され、その意義がより広く知られることが期待されています。
1. 数学界の長年の壁を突破!5次方程式に「新公式」を発見
古くから数学者たちが取り組んできた「方程式を解く」という課題。2次方程式の解法は紀元前1800年頃に発見され、3次や4次の方程式の解法もルネサンス期に確立されました。しかし、5次以上の多項式については、ルート(根号)を用いて解を表すことができないことが19世紀に判明し、「5次は解けない」というのが数学界の定説となっていました。
ところが、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学(UNSW)で行われた研究により、この壁を乗り越える新たなアプローチが発表されました。この新手法は、数列や図形の概念を使うことで、従来のルートを前提とした方法とは異なる形で、2次、3次、4次方程式と共通した手法で5次方程式以上の解を与えることが可能になったというのです。
3次や4次方程式の解の公式は非常に複雑でルートを含んでおり、多くの人は「頑張れば5次もできるのでは?」と考えがちですが、ガロア理論によって5次以上の方程式の構造は根号の繰り返しでは解けないことが厳密に示されていました。この新しい方法は、ルートの存在を前提としないアプローチであり、数学史における「5次方程式の不可能性」の概念を大きく書き換える可能性を秘めています。今後の発展が期待されます。
2. 量子力学の謎に迫る!二重スリット実験を説明する「暗い光子」の新理論
量子力学の基本でありながら、未だ多くの謎を含む「二重スリット実験」。この実験では、光や電子といった粒子を一つずつ発射しても、波のように振る舞って検出スクリーンに干渉縞(明暗の縞模様)が現れます。さらに不思議なことに、光子がどちらのスリットを通ったかを観測しようとすると、この干渉縞が消えてしまうのです。
従来の解釈では、観測行為が光子を乱すからだと考えられてきましたが、海外の研究チームが発表した新しい理論は、これに新たな視点を与えます。この理論では、スクリーン上の光子には「明るい状態」と「暗い状態」があると説明されます。「明るい状態」の光子は検出器と相互作用して見えますが、「暗い状態」の光子は検出器と相互作用できないため見えないとされます。
観測によって縞模様が消える現象についても、この新理論では異なる説明がされます。「暗い状態」の光子は「両方のスリットを同時に通った」という特殊な量子状態にあるのですが、どちらのスリットを通ったかを観測すると、この特殊な状態が壊れてしまう。その結果、本来は見えないはずの「暗い状態」の光子も検出可能になり、干渉縞が消失するというのです。
この研究は、光の波と粒子の性質を「明るい状態」と「暗い状態」という概念で統一的に理解する道を開く可能性があり、高輝度光源や、外部からの干渉に強い量子メモリ・量子コンピュータの開発などに応用が期待されています。
3. 光子は本当に「禁じられた粒子」だったのか? スピンの常識を覆す可能性
光の最小単位である「光子」は、これまで「進む方向に対して右回りか左回りの2通りのスピン(偏光)しか取れない」と考えられてきました。これが現代物理学における光子の“常識”でした。
しかし、アメリカのスタンフォード大学SLAC国立加速器研究所で行われた研究は、この常識を覆し、光子のスピン状態が実は無数に存在することを証明する方法を開発したと発表しました。これは、物理学者のユージン・ウィグナーが1939年に示唆した「連続スピン粒子」という不思議な存在の可能性を追求するものです。
これまで、無限の回転モードを持つ光子が存在すると、多くの物理現象で矛盾が生じると考えられてきたため、多くの研究者は連続スピン粒子を現実にはあり得ないと考えてきました。しかし、近年の量子論の進歩により、連続スピン粒子が存在しても破綻が起きない「ちゃんと動く理論」が構築され、実験的検証への機運が高まっています。
もし光子のスピン状態が無数にあることが証明されれば、光の振る舞いを支える根本的な法則を見直す必要が出てきます。既存の電磁気力や量子情報理論、さらには重力を扱う理論まで、すべてがある意味で「近似にすぎなかった」という事実を突きつけられる可能性もあり、通信や計測技術の革新にも繋がる可能性を秘めています。研究チームは、この新理論を実証するために「たった1個の水素原子」の観察に注目しました。
4. 量子コンピュータ飛躍の鍵? 20種近くの新しい「量子状態」を検出
物質の内部で電子が互いに作用し合い、物質全体が量子のルールに従って振る舞うことで生じる特殊な状態を「量子状態」といい、これを持つ物質を「量子物質」と呼びます。超伝導体などがその例です。
これまで理論上の存在と考えられてきた量子状態を、国際研究チームが初めて多数検出することに成功しました。約20種類近くもの新しい量子状態が見つかり、これは予想外の数だったとのことです。
この検出には、「ポンプ・プローブ分光法」と呼ばれる最先端の手法が用いられました。これは、極めて短い時間(フェムト秒)のレーザーパルスで物質の量子状態を一時的に変化させ、その変化を別のレーザーで捉えることで、通常の測定では見えない「隠れた量子状態」を可視化する技術です。
研究では、**原子が2層に重なった特殊な材料(ツイスト2層二テルル化モリブデン)**が用いられ、この材料の「モアレ構造」が電子の運動を制限し、珍しい量子状態が現れやすい環境を作り出しました。検出された量子状態の中には、電子の電荷より小さい「分数電荷」を持つ状態や、粒子の交換で性質が変わる「非可換エニオン」の候補も含まれています。
これらの新しい量子状態は、外部ノイズに強い次世代の量子コンピュータである「トポロジカル量子コンピュータ」の基盤として極めて重要な役割を果たす可能性があります。検出された状態の多くはエネルギー的に安定しており、長時間保持・制御が可能であるため、量子情報の保存や演算への応用が期待され、量子コンピュータ開発における大きな前進と考えられています。
5. 系外惑星に「地球外生命」の最有力証拠? 慎重な判断が求められる発見
太陽系から約124光年離れた系外惑星K2-18bは、主星のハビタブルゾーン(生命生存可能領域)内を公転しているとされます。英ケンブリッジ大学率いる研究チームは、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)のデータを用いて、この惑星の大気中に硫化ジメチル(DMS)という物質の存在を示す兆候を検出したと発表しました。これは「観測史上最も有望なバイオシグネチャー(生命存在指標)の可能性のある物質」とされています。
地球では、DMSは主に海洋性植物プランクトンなどの微生物によって生成されるため、K2-18bでの検出は原始的な形態の生物が生息している可能性を示唆すると考えられます。
しかし、この発表に対しては、宇宙化学者の間から慎重な意見も出ています。国際天文学連合の元委員長である郭新氏は、DMSは星間雲や彗星にも存在することが知られており、系外惑星での検出が生命とは無関係な非生物的な反応の結果である可能性が最も高いと指摘しています。
これに対し、研究チームの筆頭著者であるニック・マドゥスダン氏は、星間雲などに存在するDMSは微量であり、今回の観測に必要な量に比べてはるかに少ないと反論しています。
系外惑星における生命の証拠探査は非常に難しく、検出された物質が本当に生物由来なのか、非生物的なプロセスでも生成されうるのか、慎重な判断が求められています。K2-18bでのDMS検出が最終的に何を意味するのか、今後の追加観測と研究が待たれます。
6. 現代の錬金術が成功! LHCで「鉛を金に換える」
中世の錬金術師たちが夢見た「鉛を金に変える」という試み。化学的手法では元素を変換できないことが判明し、不可能とされていましたが、20世紀に入り核物理学が発展すると、原子核を変える「元素変換」は夢物語ではなくなりました。過去にも研究室レベルで微量の金を作る実験はありましたが、莫大なコストがかかり実用的ではありませんでした。
今回、欧州原子核研究機構(CERN)のALICE実験コラボレーションによる国際研究チームが、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を用いて、鉛イオンのビーム同士をほぼ光速ですれ違わせることで、億単位の金原子核を生み出すことに成功したと発表しました。これはまさに現代の錬金術と言える成果です。
この元素変換の原理は、原子核同士が直接衝突するのではなく、**「超周辺衝突(ultraperipheral collisions, UPC)」**と呼ばれる、かすめ合うようにすれ違う際に発生する強い電磁場を利用したものです。高速で帯電した鉛イオンが接近する際に生じる電磁場のパルスが、相手の原子核に作用して核を変化させ、金原子核が作られたのです。
生成された金原子核の寿命は一瞬でしたが、これは電磁相互作用による核反応で元素が変換されるプロセスを初めて定量的に測定したものであり、中世の夢を現代物理学の力で実現した注目すべき例と言えます。
ノートアプリ「Obsidian」が2025年に再び脚光を浴びる理由
個人の知識管理(PKM)ツールとして知られるノートアプリの Obsidian が、2025年になって再び大きな注目を集めているようです。その背景には、AI(人工知能)との連携が深く関わっています。
具体的には、以下の3つの要素がObsidianの注目度を高めています。
生成AIの進化: 2022年末のChatGPT登場以降、LLM(大規模言語モデル)を使ったチャット形式の生成AIが急速に普及しました。ObsidianでもLLMと対話した内容をノートに記録するプラグインが登場しています。ハルシネーション(虚偽情報)の問題はありますが、Web検索結果を参照するなど、精度は向上しています。
RAGとMCPの登場: 2023年頃から注目された RAG(Retrieval-Augmented Generation) は、組織内の文書を検索し、その結果をLLMに渡して回答を生成する技術です。そして2024年には MCP(Model Context Protocol) が登場し、外部サービスがLLMに文脈を提供する標準的な方法が定められました。Obsidianも「Obsidian MCP」などのプラグインでこの流れに対応し、自分のノートをチャットアプリで検索したり、LLMの回答をノートに登録したりすることが可能になっています。
AIエージェントの登場: 一度指示を与えると自律的に作業を進めるAIエージェントが登場しています。MCPと組み合わせることで、情報収集や資料作成などの作業自動化が期待されています。
これらのAI連携によって、Obsidianでは以下のことが実現可能になっています。
ノートの自動生成: AIエージェントがWebから情報を収集・要約し、ノートを作成できます。人間の思考を先読みしたり、LLMとの対話から新しい発見を得たりすることも可能です。
保存したノートの便利な検索: MCPを使えば、キーワードだけでなく曖昧な文章でもノートを検索できます。要約などの指示も可能です。
ノートの自動整理: AIエージェントにタグ付けのルールを設定することで、膨大なノートを体系的に分類できます。
Obsidianが特にAI連携に適している理由としては、以下の点が挙げられています。
テキストデータで保存されていること: AIが高速に処理しやすい形式です。Gitでのバージョン管理も容易になります。
ローカルに保存していること: 個人のデータに適しており、インターネット接続がない状態でも利用できます。ローカルLLMも登場しています。
プラグインで拡張できること: 多様なコミュニティプラグインがあり、タスク管理やデータベースなど幅広く活用できます。
リンクでつなげられること: ノート同士をリンクでつなげ、「知識のネットワーク」を構築できるのが特徴です。
コンピューターサイエンスの進化を加速するAI「AlphaEvolve」
Google DeepMindは、コンピューターサイエンスの未解決問題、特にアルゴリズム開発にAIが貢献することを目指す新しいAIエージェント「 AlphaEvolve 」を発表しました。AlphaEvolveは、異なる性能のAIモデル(Gemini FlashとGemini Pro)を連携させてアルゴリズムを生成・評価するというアプローチを取っています。
このシステムは、Googleが最近達成したブレークスルーの背後にあると考えられています。例えば、データセンターの電力消費を約0.7%削減したり、TPUの設計においてAIが生成したコードを使用することで改善が見られたりしています。
特に、コンピューターサイエンスにおける古典的な問題である行列の乗算において、300年以上使われてきたアルゴリズムを超える新しい手法を50年ぶりに発見し、計算時間を75%削減したことが報告されています。また、300年以上未解決だった「キースティング問題」においても、11日間の探索で11種類の新しい配置を発見するなど、大きな進歩が見られます。
Google DeepMindは、研究者向けにAlphaEvolveの早期アクセスプログラムを提供する予定です。
生成AIの「タイミング」問題を克服するSakana AIの「CTM」
Sakana AIは、生成AIが複雑なタスクを実行する際の**「タイミング」の問題**に取り組んだ新しいAIモデル「 Continuous Thought Machine(CTM) 」を発表しました。従来の生成AIは、ニューラルネットワークの活動を瞬間のスナップショットとして処理していましたが、CTMは時間の経過に伴う複数のニューロンの活動パターンを考慮して計算を行います。
このアプローチにより、CTMは複雑なタスクにおいて、より人間のような段階的な思考プロセスを実行できるようになります。例えば、料理のレシピ探しのようなタスクでは、CTMは思考の各段階でどの材料に焦点を当てているかを人間が確認できるようになります。これは、「CTMはまるで人間のように、フローチャートをトレースするように学習した」と表現されています。
画像認識のようなタスクでも、CTMは段階的にアプローチし、注目する部分や移動の判断を行います。これにより、人間がAIのタスク実行方法を理解しやすくなり、信頼性の向上につながると考えられています。Sakana AIは、この進歩が「基礎モデルが固定的なスナップショットに閉じ込められる必要はない」ことを示唆し、多様なタスクに対応できる実用的なAIモデルへの道を開くと述べています。
「香り」を自動生成するAI「OGDiffusion」が登場
東京科学大学の研究者らが、新しい香りを自動的に生成できるAI「 OGDiffusion 」を開発しました。香りの創作は時間と手間がかかるプロセスであり、専門の調香師の助けが必要な場合もあります。OGDiffusionは、このプロセスを自動化することを目指しています。
OGDiffusionは、ユーザーが希望する香りの特徴(「ハーブ系」「フローラル」「ウッディ」「甘い」といった9種類の「香り記述子」)を指定すると、その香りを再現するために必要なエッセンシャルオイルの配合を算出します。166種類のエッセンシャルオイルと香り記述子、質量分析データを学習することで、高い精度で香りを再現できることを確認しています。
他の香り生成AIも存在しますが、それらが独自のデータセットに依存し専門家による使用が必要なのに対し、OGDiffusionは新しい香りを簡単に生成でき、エッセンシャルオイルのレシピに基づいて生成するため再現も容易である点が特徴です。開発者は、OGDiffusionが「AIが香りのデザインを変える未来を予感させる」と述べています。
既存RAGの検索精度を向上させる「RRA」
RAG(Retrieval-Augmented Generation)において、既存の検索精度を向上させる手法「 RRA(Rational Retrieval Acts) 」が発表されました。株式会社ナレッジセンスの須藤氏によって紹介されたこの技術は、Embeddingを用いた検索や、単語の重要度を用いた疎なベクトル検索(BM25やSpladeなど)の後処理として機能します。
RRAは、既存の疎なベクトル検索で生成されたベクトルの重みづけを、文書全体の情報を考慮して調整することで精度を向上させます。具体的には、文書全体での単語の登場頻度を計測し、頻度の高い単語の重要度を下げ、低い単語の重要度を上げるという調整を行います。
この手法は、既存の疎なベクトル検索のどの手法に対しても追加する形で適用でき、機械学習モデルを追加することなく精度を引き上げられる点が汎用的で使いやすいとされています。ただし、検索対象の文書が変わるごとに再計算が必要になる点が実運用上の考慮事項となります。
DockerでmacOS仮想マシンを実行する「Lumier」
コンテナプラットフォームとして広く使われているDockerで、Mac向けOSであるmacOSを実行できるインターフェース「 Lumier 」が登場しました。LumierはDockerをパッケージングシステムとして利用し、ホストマシン上の仮想化サービスに接続することで、最小限のセットアップでmacOSまたはLinuxの仮想マシン環境を提供します。
Lumierを使用する主なメリットは以下の4点です。
数分ですぐに使えるmacOSまたはLinux仮想マシン。
仮想マシンへのブラウザベースのVNCアクセス。
ホストマシンと仮想マシン間での簡単なファイル共有。
環境変数による簡単な設定。
Lumierを使用するには、Appleシリコン対応のDockerと、仮想化クライアントであるLumeが必要です。Lumierの開発者は、DockerコンテナでWindowsやmacOSの仮想マシンを実行する既存のアプローチからインスピレーションを得たと述べています。
既存のdockur/macosとの違いとして、LumierはmacOSの仮想化に特化しており、Appleシリコン(M1/M2/M3/M4)をサポートしている点が挙げられます。また、カーネルベースの仮想マシン(KVM)に依存するdockur/macosに対し、Lumierはクライアント経由でApple Virtualization Framework(Vz)を使用して真の仮想マシンを作成します。画像の仕様も異なります。LumierはMITライセンスに基づき配布されており、100%オープンソースで開発されています。
近年の科学技術分野では、私たちの未来を形作る可能性を秘めた様々な研究や開発が進んでいます。今回は、日本経済新聞、GIGAZINE、毎日新聞、ニュースイッチ から、特に注目すべき最先端のトピックをいくつかご紹介します。これらの記事は、サイエンス やテクノロジー、ハードウェア といった多様な分野にわたります。
100年ぶりの新磁性体発見と高性能メモリーへの期待
日本経済新聞の「100年ぶり発見「第3の磁性体」 高性能メモリーへの応用に開発進む」というタイトルの記事 では、**約100年ぶりに発見された「第三の磁性体」**がコンピューターのメモリーに使えることが実証されたと報じられています。この磁性体は、世界に豊富にある鉄と硫黄でできており、資源制約が少なくコスト面でも優位性があると考えられています。開発を進めているのは東京大学大学院工学系研究科の関真一郎教授の研究チームです。この第三の磁性体を応用することで、デジタル情報を構成する「0」...(詳細は記事の会員限定部分に記載) を扱う高性能なメモリーが実現すれば、従来より演算速度が速いコンピューターや、充電が長持ちするスマートフォンをつくれる可能性があるとのことです。記事中では、関連企業として#キオクシアホールディングスや#ルネサスエレクトロニクス、関連キーワードとして#交代磁性体、#関真一郎、#MRAMなど も挙げられています。
125年越しの数学的難問、「ヒルベルトの第6問題」への挑戦
GIGAZINEの記事「125年越しに解決したかもしれない「ヒルベルトの第6問題」とは?」 では、数学史における重要な問題の一つである「ヒルベルトの第6問題」に対する最近の進展が紹介されています。これは、ドイツの数学者ダーフィト・ヒルベルトが1900年の第2回国際数学者会議で提示した23の問題の一つで、「物理学の公理の数学的取り扱い」というものです。ヒルベルトは、物理学にも数学のような厳密さを導入し、基本概念を厳密に定義した上で理論を論理的に組み立てるべきだと提案しました。特に、記事では、個々の粒子の運動を記述するニュートン力学と、流体全体の運動を記述する流体力学の間にある数学的なギャップに焦点が当てられています。流体力学は連続体を仮定し、時間の不可逆性を持つ一方、ニュートン力学は粒子レベルで時間可逆という違いがあります。第6問題は、ニュートン力学に従う粒子の運動から流体全体の運動法則を、数学的な厳密さを伴って導出できるかを問うています。
シカゴ大学の数学者、ユー・デン氏らの研究チームは、この問題に挑戦し、粒子の統計的振る舞いを示すボルツマン方程式をニュートン力学から数学的に厳密に導出したと論じる論文を未査読論文リポジトリarXivに掲載しました。彼らは「長い結び」や「層状クラスター森構造」といった新しい数学的概念を導入し、ボルツマン方程式を経由してオイラー方程式やナビエ–ストークス方程式を導出することに成功したと主張しています。この研究の意義は、時間の非可逆性が物理学のどこで生まれるのかを明らかにすることにあるとしており、流体力学を使ったシミュレーションの信頼性向上につながる可能性も指摘されています。ただし、論文は記事作成時点で査読中であり、一部の専門家からは欠陥が存在するとの指摘もあり、慎重な姿勢が求められています。GIGAZINEでは、関連コンテンツとして「リーマン予想」や「三体問題」といった他の数学・物理学の難問に関する記事 も紹介されています。
量子コンピューティングの進展:Ciscoのネットワーク技術と神秘の粒子
量子コンピューティングの分野でも目覚ましい進展があります。GIGAZINEの別の記事「Ciscoが量子コンピューティングの実用化を最大10年短縮できる量子ネットワークエンタングルメントチップを発表」 では、Ciscoが進める量子ネットワーク技術について詳しく報じられています。現在の量子プロセッサは数百量子ビット程度ですが、アプリケーションには数百万量子ビットが必要であり、スケールアップが大きな課題です。Ciscoは、未来の量子コンピューティングは単一の巨大なコンピューターではなく、**専用ネットワークを介してプロセッサが連携する「スケールアウト型の量子データセンター」**にあると主張しています。
Ciscoは量子インターネットの基盤となる量子ネットワーク技術 の重要なコンポーネントとして、量子ネットワークエンタングルメントチップを発表しました。これはカリフォルニア大学サンタバーバラ校との共同開発によるプロトタイプで、量子テレポーテーションを可能にする量子もつれ光子対を生成します。このチップは、既存の光ファイバーインフラで動作可能、小型フォトニック集積回路として室温で実用展開に適している、消費電力が1mW未満とエネルギー効率が良い、そしてチップ当たり毎秒最大2億量子もつれ光子対を生成可能という高性能さ といった優れた特徴を持ちます。Ciscoの担当者は、この技術が金融取引のタイミング同期や科学者の引責発見など、多くの活用事例につながる可能性があると述べています。また、理論と実装の橋渡しを行うため、サンタモニカにCisco Quantum Labsを開設し、チップ以外にもエンタングルメント分散プロトコルなどの研究開発を進めています。ポスト量子の世界を見据え、従来のネットワークの安全性確保のためのポスト量子暗号(PQC)標準の実装も進めているとのことです。関連コンテンツとして、量子コンピューターの「ポスト量子暗号」やQPUに関する解説記事なども紹介されています。
一方、ニュースイッチの「量子コンピューターの新方式に名乗り、神秘的な粒子「マヨラナ粒子」とは?」という記事 では、量子コンピューターの新しい方式として注目されている、**神秘的な粒子「マヨラナ粒子」を利用する「トポロジカル量子ビット」**が取り上げられています。量子コンピューターは原子や電子の状態を繊細に操作するためエラーが起きやすいという課題がありますが、マヨラナ粒子はこのエラーが原理的に起きにくいとされています。その理由は、マヨラナ粒子を使った計算では、粒子がもう1個の粒子の周りを1回転することで行われ、経路が多少ゆがんでも結果に影響が出にくいためだと、東北大学の那須譲治准教授は説明しています。米マイクロソフトは、マヨラナ粒子を用いた世界初のチップ「マヨラナ1」を発表し、エラー率の低減やエラー訂正機能実装のハードルを下げる可能性を示しました。
マヨラナ粒子は1930年代に物理学者のエットーレ・マヨラナによって存在が予測され、近年になって存在が実証された、自らの「反粒子」と同一という特異な性質を持つ粒子です。数学の世界における実数に例えられる不思議な存在です。京都大学などの研究グループが磁性絶縁体の上でその存在を実証し、那須准教授らも関連研究を行っています。ただし、マヨラナ粒子の「出現」自体が非常に難しいため、マイクロソフトのチップを含め、今後の実証が注意深く見守られています。量子コンピューターの実機開発では、現状では超伝導方式が先頭を走っている状況です。ニュースイッチの記事では、量子コンピューターの他の方式や関連技術に関する記事 も紹介されています。
超電導技術、在来線鉄道の省エネ切り札に?
毎日新聞の「在来線、リニアと異なる「超電導」でゴー 一石二鳥の切り札に?」という記事 では、電気抵抗がゼロとなる超電導技術が、リニア中央新幹線で強力な磁力を発生させる用途とは異なり、在来線の送電システムに応用される可能性が紹介されています。国内に約1万2000キロある直流電化区間では、電線の抵抗によって電力が失われる送電ロス(電圧降下)が発生し、列車運行のために数キロおきに変電所を設置する必要があります。しかし、変電所の維持管理が人手不足や老朽化で難しくなっており、電線対策は鉄道各社にとって大きな課題となっています。
そこで注目されているのが、電力のロスを大幅に削減できる超電導送電技術です。鉄道総合技術研究所(鉄道総研)が開発を進めており、この春にはJR東日本の中央線で、営業列車に超電導ケーブルで送電する試みが開始されました。この技術が実用化されれば、省エネと安定運行の両立に向けた切り札となる可能性があり、鉄道各社が注目しているとのことです。