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2025-05-10号
最近気になったニュース
原子核を理解する鍵、「三体核力」を世界で初めて実験で証明
原子の中心にある原子核は、陽子と中性子という核子で構成されています。これらの核子がバラバラにならずに原子核を保つのは、核子同士に働く「核力」のおかげです。湯川秀樹博士の「中間子理論」は、2つの核子の間に働く「二体核力」としてこの力を説明してきました。しかし、二体核力だけでは原子核の振る舞いを十分に説明できないことから、3つの核子の間に働く「三体核力」の存在が理論的に予想されていました。
この三体核力の存在を示唆する例として、三重水素(トリチウム)の質量が挙げられます。トリチウムの原子核は陽子1つと中性子2つからなる3つの核子で構成されていますが、その実験値と二体核力を用いた理論計算値には約10%の差がありました。この事実からも三体核力の存在が指摘されていましたが、実験による実証は極めて困難でした。
東京科学大学(旧東京工業大学)の関口仁子特定教授を中心とする研究グループは、世界で初めて三体核力の存在を実験によって証明しました。実験は「散乱実験」と呼ばれ、理化学研究所の加速器(超伝導リングサイクロトロン)を使って光速の30〜40%まで加速した重陽子(陽子1つ、中性子1つ)を1つの核子に照射し、跳ね返された重陽子の角度(散乱角度)を測定するというものです。これにより、合計3つの核子の間に働く力を調べました。
実験の結果、散乱角度が120度付近では、二体核力のみを用いた理論計算と実験値との間に最大30%の誤差がありましたが、三体核力の理論計算を導入することで、この誤差が見事に解消されることが明らかになりました。これは三体核力が存在することの明確な証拠です。この成功は、コンピュータによる数値計算に基づいた実験計画、理研の高性能な加速器、そして測定精度を高めるための徹底的な努力の3点によるものだと分析されています。
三体核力の研究は、宇宙のビッグバン以降に生成された元素の合成過程の解明や、超新星爆発、中性子星の研究に不可欠であり、宇宙・天体物理学のさまざまな謎の解明に直結しています。例えば、太陽の2倍の質量を持つ中性子星のような高密度な天体の説明には、三体核力の考慮が欠かせません。応用研究としては、核融合エネルギーや放射性医薬品開発などの医療分野も挙げられています。関口教授は、周囲の意見に惑わされず、自分の興味に正直に第一歩を踏み出すことの重要性を語っています。
科学の最前線を体験!日本科学未来館の新たな常設展示
科学をより身近に感じ、理解を深めるための新しい試みも登場しています。日本科学未来館では4月下旬に、新しい常設展示「量子コンピュータ・ディスコ」と「未読の宇宙」がオープンしました。
「量子コンピュータ・ディスコ」は、難解なイメージのある量子コンピューターを、実践的でとっつきやすく紹介する展示です。目玉となる「量子コンピューターDJ」では、DJ卓で量子ゲートに見立てたブロックを操作し、量子計算によって楽曲の音量(確率)を上げる作業を体験できます。この体験を通して、「重ね合わせ」「位相」「もつれ」「測定」という4つの量子の性質を学ぶことができる工夫が凝らされています。例えば、「重ね合わせ」は複数の楽曲を同時に流す状態、「測定」は計算された確率に基づいて最終的に流れる楽曲で表現されます。この展示は、ブラウザー上で量子計算を体験できるプラットフォーム「Qni」をベースにしており、学んだことを実際に活用することも可能です。また、日本製の144量子ビットチップの一般公開や、量子コンピューターの基礎を解説する映像展示もあり、量子コンピューターを網羅的に学ぶことができます。
もう一つの新展示「未読の宇宙」では、巨大な観測装置や実験装置を使って研究者がどのように宇宙を読み解こうとしているのかを体感できます。ここでは、「ニュートリノ」や「重力波」の生の観測データに基づいた映像を、360°の「マルチメッセンジャー・ビジョン」で観覧できます。特にスーパーカミオカンデのデータ映像は必見とされています。多波長観測、ニュートリノ観測、重力波観測、加速器実験に関する体験装置もあり、最先端の研究に触れることができます。さらに、宇宙に関する疑問を生成AIに投げかけられる対話型展示「AIと語る宇宙」も設置されており、異なるキャラクター(科学者、吟遊詩人など)との対話を通じて新たな視座を得られるかもしれません。
また、地球の科学データにアクセスできる「ジオ・スコープ」もリニューアルされ、「世界の消費電力量」や「ビッグマックの価格変動」など8つの最新データが追加され、音でデータを楽しめるモードも搭載されました。
ブラックホールから噴き出す「ジェット」の謎に迫る
宇宙の巨大現象に関する研究も進んでいます。名古屋大学などの国際研究グループは、ブラックホールから高速で物質が噴き出す現象「ジェット」の発生条件を明らかにしました。ジェットはブラックホールから光速に近いスピードでガスが細長く噴き出す現象であり、100年以上前に発見されましたが、その噴出条件は長年の謎でした。特に、超巨大ブラックホールから噴き出すジェットは、銀河の成長に大きな影響を与えると考えられています。この研究成果は国際天文学誌に掲載されたとのことです。
研究室で「ブラックホール爆弾」現象を再現
ブラックホールにまつわる別の興味深い研究として、研究室内で史上初の「ブラックホール爆弾」に相当する現象を作り出すことに成功したという報告があります。これは、重力を使わずにブラックホールの物理を模倣し、回転体によるエネルギー増幅が実験で実現可能であることを示したものです。
約50年前にゼルドビッチが予言した、回転体が波からエネルギーを引き出して増幅させる効果は、かつては実現困難と考えられていました。音波や低周波電磁波での検証はありましたが、電磁波という主要な領域での正の増幅と自己発振を確認できた意義は非常に大きいとされています。これは、「ブラックホールがなくてもブラックホール的なエネルギー放出を起こせる」可能性を示唆しており、驚くべき成果です。
将来の展望としては、ノイズから波が成長した今回の実験に対し、量子的なゆらぎ(真空揺らぎ)からの増幅を目指すことで、量子摩擦(量子真空による見えない摩擦抵抗)の直接検出といった深遠な物理実験につながる可能性があります。さらに、宇宙で起こり得る現象、例えばブラックホールの周囲で超軽量粒子がエネルギーを引き出すことで回転が減速し、重力波などでエネルギー放出が起こる可能性(「宇宙版ブラックホール爆弾」)を地上で模擬したとも言えます。この実験で再現された「爆弾」は安全なモデルであり、すぐに宇宙エネルギーを取り出す技術になるわけではありませんが、ブラックホール物理で議論されてきたエネルギー増幅メカニズムが現実のものとして現れたことで、科学者たちの興奮を高めています。この成果は、宇宙と量子の交差点に新たな扉を開くものです。
量子力学の限界に迫る量子測定アルゴリズムを開発
量子コンピューターの実用化に向けた技術開発も進んでいます。慶應義塾大学と東京大学の共同研究グループは、量子コンピューター上で実現される量子状態に対し、多数の物理量の期待値を効率的かつ高精度に測定する適応型量子アルゴリズムを開発しました。
この新しい手法は、量子力学の基礎理論で定められた理論上の最適精度である「ハイゼンベルグ限界」を達成するとともに、計算時間や必要とされる量子ビット数に関して大幅な改善を実現しました。測定する物理量の個数に関しても量子の加速を達成しており、量子状態に対する効率的な制御機構の設計により、計算の大幅なシンプル化も達成されたとのことです。
この研究成果は、量子情報処理の実用化に向けた大きな一歩であり、誤り耐性量子計算の科学応用(量子シミュレーション、量子機械学習など)における礎となることが期待されています。次世代の量子アルゴリズムの基盤技術として、産業界および学術界に広く貢献することが見込まれます。
物理学の3つの主要理論を数学により統合
理論物理学の分野でも、大きな進歩がありました。数学的手法を用いて、物理学の3つの主要な理論を統合することに成功したという報告です。統合されたのは、ニュートンの運動法則(個々の粒子レベル)、ボルツマン方程式(粒子集団レベル)、そしてオイラー/ナビエ–ストークス方程式(巨大流体レベル)です。
この成果は、私たちがこれまで経験的に正しいと信じて使ってきた流体の方程式が、ニュートンの運動法則というより根本的な原理から必然的に導かれることを数学的に示したものです。これにより、「なぜその方程式でうまくいくのか」という疑問に対し、深いレベルでの理解が得られました。ニュートン力学、ボルツマン方程式、オイラー/ナビエ–ストークス方程式という三つの理論が矛盾なく一つの現実を記述していることが数学的に保証されたことで、理論と現実の間にあった溝が埋められたと言えます。
この成果は流体力学の方程式そのものを変えるものではありませんが、その理論的裏付けが与える影響は大きく、流体方程式に対する信頼性が一段と高まりました。さらに、ミクロな記述(微視的法則)とマクロな記述(巨視的法則)を結びつけようとする他の物理分野(プラズマ物理、凝縮系物理、量子力学、統計力学など)にも波及効果をもたらす可能性があり、理論間の食い違いを防ぎ、新たな現象予測につながることが期待されています。これは1900年にヒルベルトが掲げた物理学の公理化という壮大な夢の一角を崩したものであり、一部の数学者からは「100年越しの問題を解決し、狭い意味でヒルベルト第6問題を完遂した」と評価されています。この証明に間違いがないことが確認されれば、物理学と数学の歴史に大きな一里塚となるでしょう。
電子の「地図」が決定する、世界最小スキルミオンのサイズ
物質科学の分野では、ナノスケールの磁気構造である「スキルミオン」が次世代の情報技術として注目されています。スキルミオンは、電子スピンが滑らかにねじれながらドーナツ型に巻き込むように並んだ非常に小さな磁気渦(直径数ナノメートル)であり、そのトポロジーによる高い安定性から、超高密度・超低消費電力の磁気メモリなどへの応用が期待されています。これまでスキルミオンは特定の結晶構造を持つ材料でしか現れないと考えられていましたが、近年、左右対称な結晶でも超小型のスキルミオンが現れることが分かり、その形成メカニズムの解明が課題となっていました。
東京大学物性研究所などの研究グループは、世界最小スキルミオン(直径約1.9ナノメートル)を発現する物質GdRu2Si2において、らせん状スピン構造(スキルミオンの源となる構造)が形成されるメカニズムを解明しました。研究では、放射光を用いた光電子分光により、物質内部の「電子の地図」とも言える電子構造(電子のエネルギーと運動量の関係)を可視化しました。
その結果、勢いのある伝導電子の地図であるフェルミ面において、特定の方向に沿って線路のように平行に伸びる「ネスティング構造」が観測されました。このネスティングが、伝導電子を介したスピン間の相互作用である「RKKY相互作用」を強め、らせん状の磁気構造を生み出していることが分かりました。驚くべきことに、このネスティング構造の差し渡し運動量(線路のレール間距離)が、スキルミオン格子の周期長とほぼ完全に一致していました。これは、スキルミオンのサイズが、伝導電子の運動パターンによって決定されていることを示しています。この磁気構造は外部からの磁場や温度変化に対して非常に柔軟に応答し、磁気ドメインのパターンが自在に変化する操作可能な磁性を実現していることも明らかになりました。
本研究は、スキルミオン形成において結晶構造ではなく電子の動き(電子の地図)が決定的な役割を担うことを初めて明らかにしたもので、今後のスキルミオン材料開発において、「電子構造をデザインする」という新しい戦略的なアプローチの重要性を示しています。電子の運動量空間を読み解き、フェルミ面を設計することで、スキルミオンの特性を意図的に制御できる可能性が拓かれ、超高密度・超省エネのスキルミオンデバイス実現に向けた道が大きく開かれると期待されています。
進化するLLMとその評価(テクノエッジの記事より)
山下裕毅氏によるテクノエッジの「生成AIウィークリー」 では、この1週間に発表された興味深い生成AI技術や研究が解説されています。
自己議論による精度向上「CoRT」: 「CoRT」(Chain of Recursive Thoughts)は、LLMに自身の回答を批評させたり、異なる視点から問題にアプローチさせたりすることで、より洗練された回答を導き出そうとする手法です。AIが初期回答を生成した後、必要な「思考ラウンド」数を決定し、各ラウンドで複数の代替回答を生成・評価して最良のものを選びます。この「AI内バトルロイヤル」を勝ち抜いたものが最終回答となります。実験では、CoRTを使用しない場合と比較してプログラミングタスクの精度が向上したと報告されています。
高効率化「BitNet v2」: Microsoftが発表した「BitNet v2」は、LLMを効率的に動作させるための技術です。モデルの重みを1ビット相当に抑えつつ、アクティベーションも4ビットまで削減できる点が最大の特徴です。従来のBitNet b1.58ではアクティベーションは8ビットでした。「H-BitLinear」モジュールとアダマール変換を導入することで、アクティベーションの分布を改善し、低ビット化を実現しています。これにより、最新GPUの4ビット計算能力を最大限に活用し、LLM実行のコストとエネルギーを削減できます。
動画評価「TRAJAN」: Googleは、AIが生成した映像の動きの品質を評価する手法「TRAJAN」(TRAJectory AutoeNcoder)を開発しました。現在の動画生成AIモデルは見た目の良いフレームを生成できても、一貫した自然な動きの表現が課題となっていますが、TRAJANは映像内の点の軌跡を活用して動きの特徴を直接モデル化することで、この課題に対応します。人間による評価との高い相関も示されています。
推論強化小型モデル「Phi-4-reasoning」: Microsoftは、140億パラメータの小型言語モデル「Phi-4-reasoning」を開発しました。これは同社のPhi-4をベースに推論能力を強化したモデルで、問題を段階的に分解し、内部で反省し、複数の問題解決戦略を検討する能力を持ちます。パラメータ数が少ないにも関わらず、はるかに大きなモデルよりも優れた性能を示しており、特に数学ベンチマークで50%以上の精度向上を達成しています。教師あり微調整(SFT)や強化学習(RL)が適用されています。
AIモデル評価の課題: 様々なAIモデルが登場する中で、その性能をどのように評価するかも重要なテーマです。現在AIモデル評価の業界標準とされているランキング形式のベンチマーク「Chatbot Arena」における問題点を明らかにした研究も取り上げられています。
大規模AIモデルの機能拡張(ChatGPT研究所の記事より)
ChatGPT研究所のレポート によると、AnthropicはClaudeに大型アップデートを発表しました。
Claudeのアップデート「Integrations」: このアップデートでは、「Integrations」と「Advanced Research」という2つの主要機能が追加されました。「Integrations」機能により、Claudeウェブ版が外部ツールと連携可能になりました。Model Context Protocol(MCP)の拡張によりリモートMCPサーバーが実装され、ClaudeのWebアプリやデスクトップアプリから各種ツールやデータソースと連携できるようになります。初期段階では、Atlassian(Jira/Confluence)、Zapier、Cloudflare、Intercomなど10のサービスとの統合が進められています。
AIのユニークな応用(GIGAZINEの記事より)
GIGAZINEの記事 では、AIが私たちの生活に寄り添う思わぬ形で応用された例が紹介されています。
ニューラルネットワークを持つ電子ペット「Dosidicus」: 「たまごっちにニューラルネットワークがあって何かを学習できたらどうなる?」というコンセプトで生まれた電子ペットが「Dosidicus」です。画面の中のイカを世話することで成長する基本的な電子ペット機能に加え、Dosidicusはニューラルネットワークを搭載しており、経験から学習し、状況に適応しながら意志決定を行います。必要に応じて自ら新しいニューロンを形成することもあるとのことです。空腹度や幸福度などのパラメータがあり、ユーザーはイカのニーズを満たすことでその状態に影響を与えます。性格(臆病、冒険好きなど7種類)もランダムに割り当てられ、これが行動やパラメータの変化に影響し、難易度としても機能します。開発者は、イカがうんちで遊んだり、装飾品を積み上げたりする予想外の行動を見せることもあると述べています。
AI処理を支える未来のハードウェア(レバテックラボの記事より)
山下裕毅氏によるレバテックラボの研究紹介記事 では、AIの高度化に伴い重要性を増しているハードウェア技術について解説されています。
光コンピューティングの進展: 近年、AIの発展に伴う計算需要の急増に対し、従来の電子ベースのコンピューティングは限界に直面しています。このような背景から、「光(フォトニック)コンピューティング」が次世代の計算プラットフォームとして注目を集めています。光は電子と異なり、互いに干渉しづらく並列処理が得意なため、情報処理の速度を飛躍的に向上させ、消費電力も抑えられると期待されています。
「PACE」プロセッサの高速化: Nature誌に掲載された論文では、米国のLightelligenceが開発したフォトニックプロセッサ「PACE」が報告されています。このプロセッサは特定の最適化問題解決に特化しており、ハイエンドGPUと比較して1回の反復処理のレイテンシが500倍高速化、問題解決の合計計算時間では約295倍の高速化を達成したと報告されています。
「Lightmatter」プロセッサの多用途性: もう一つのNature誌論文では、米国のLightmatterが開発したフォトニックプロセッサが報告されています。このチップはより幅広いAIタスクに対応し、「フォトニックテンソルコア」で光を使って行列・ベクトル乗算を実行します。これによりResNetやBERTといったAIモデルを再トレーニングなしで実行でき、高いエネルギー効率も期待されています。
これらの研究は、光コンピューティングが実用的なAI処理技術へと進化しつつあることを示唆しています。
生成AIが私たちにもたらす変化(個人のブログより)
kazuki氏のブログ記事 では、AI技術の進化が人間の行動や意思決定に与える影響について考察されています。
生成AIによる「浅い意思決定」: 生成AIを使った調査は非常に効率的で、人間が何時間もかかる作業を短時間で網羅的にまとめてくれます。これにより、根拠がしっかりした情報に基づいて迅速に意思決定ができるようになりました。
しかし、筆者はこの迅速な意思決定に「浅さ」を感じると述べています。人間が自ら悩み、比較検討して決めた意思決定には「重み」があるのに対し、AIが整えた情報で容易に決めた意思決定は、費やした時間や思考の「往復」が少ないために「軽さ」や「手応えのなさ」が残ると感じられるようです。
この「浅い意思決定」には、実行が早く、軌道修正が容易で、サンクコストが小さいというメリットもあります。これは、変化への柔軟な対応を可能にする良い面と捉えられています。
この「浅さ」への戸惑いは、時間をかけて納得感を得る従来のスタイルから、軽やかに決めてすぐ変える新しいスタイルへの移行期に特有のものかもしれません。意思決定の深さは、手間や重さではなく、納得感や意味づけによって生まれるものであり、今後はAIと共に「浅い仕事をする」時代になる可能性も示唆されています。
3600年前の王族の墓が明かす、エジプトの「失われた王朝」の存在
エジプトでは、紀元前1700年から紀元前1600年にかけて支配していたとされる「アビドス王朝」の存在を巡って議論が重ねられてきました。この「失われた王朝」の存在を示す有力な証拠が、アヌビス山のネクロポリス(集団墓地)での新たな発掘調査によって発見されたと報じられています。
発見されたのは、3600年前(紀元前1500年頃)の王族の墓です。この発掘調査はペンシルバニア大学の研究チームが率いており、墓に納められているのはエジプト第二中間期(紀元前1782年頃~紀元前1570年頃)の支配者と見られています。墳墓は地底7メートルにあり、泥レンガで作られた丸天井を持つ石灰岩の墓室が特徴で、天井高は5メートルに達します。
墳墓の入口と思われる場所からは、王の名を記したと思われる黄金のヒエログリフ(古代エジプトの象形文字)が見つかりました。そこにはイシスとネフティスというエジプト神話の女神の碑文も刻まれています。エジプト考古最高評議会の代表は、このファラオの墓がアビドス王朝のものとされる他の墓と比較してはるかに大きいと指摘しています。また、この墓に埋葬されたファラオは、2014年に発見されアビドス王朝の実在を示す重要な証拠とされたセネブカイ王(紀元前1650年から紀元前1600年にエジプトを統治)の前任者であった可能性が高いと推測されています。調査チームを率いたジョセフ・ウェーガー博士は、今回見つかった墓がセネブカイ王の墓と似た装飾様式であることを強調しています。
セネブカイ王の墓も今回の墓も、いずれもアヌビス山の集団墓地に埋葬された数多くの墓の一つです。アヌビス山は、紀元前1874年~紀元前1855年に活躍したセヌスレト3世の墓も見つかっていることから、アビドス王朝にとって重要な埋葬地であったと考えられています。エジプト観光・考古省の声明では、セヌスレト3世がアヌビス山のピラミッド型の山頂に墓を建てたことで、この地が同王朝の墓地となったのではないか、と記されています。
興味深いことに、この地域では最近の別の発掘調査でローマ時代の陶芸工房も見つかっており、色彩豊かな帽子をかぶった少年のミイラや30代女性の頭蓋骨なども発掘されています。これらの発見は、この地域の観光事業促進やエジプト史の認知向上に貢献すると期待されています。また、今回の発見によって、エジプト第二中間期の複雑な政治史に具体的な見解が加えられることになるとの見方もあります。ウェーガー博士は、この墳墓の正確な年代特定に向け、さらなる調査を継続する計画だそうです。
「ティラノサウルス革」の創造:野心的な試みと専門家の冷静な指摘
白亜紀末期に生息し、全長約13メートル、体重約9トンという巨体を誇った大型肉食恐竜ティラノサウルス(Tレックス)。複数のスタートアップ企業が共同で、化石を基に「ティラノサウルス革」を作成するという野心的な目標を発表しました。
このパートナーシップは、オランダのゲノムエンジニアリング企業The Organoid Company、イギリスのバイオテクノロジー企業Lab-Grown Leather、アメリカのマーケティング企業VMLの3社によって、2025年4月25日に発表されました。ティラノサウルス革は、化石化したティラノサウルスのコラーゲンを基に、合成DNAで細胞をエンジニアリングし、Lab-Grown Leatherの技術で従来の革製品と同様の構造を持つ素材として作られるとのことです。
VMLは、このティラノサウルス革が先史時代の種から開発された史上初の革製品であり、伝統的な皮革製品に比べて持続可能かつ倫理的であると主張しています。森林破壊や環境汚染の懸念がなく、絶滅した古生物を利用することで動物虐待や希少種の減少といった倫理的な懸念も回避できるとしています。最初の製品はアクセサリーとなる見込みで、2025年末までに高級ファッションアイテムをフラッグシップとして生産する野心があるとのことです。
Lab-Grown LeatherのCEOは、このコラボレーションが有史以前の種から革を工学的に制作する可能性を解き放つものであり、革新的かつ倫理的に健全な素材を生み出す細胞ベースのテクノロジーの力を示すものだとコメントしています。The Organoid CompanyのCEOも、古代のタンパク質配列を再構築・最適化することで、太古の生物学にインスパイアされたバイオ素材をカスタムメイドの細胞株でクローン化できると述べ、合成生物学の最前線を推進することに情熱を燃やしていると語っています。
しかし、このロマンあふれる目標に対して、専門家からは疑念の声も上がっています。メリーランド大学の古生物学者トーマス・ホルツ氏は、この会社の試みを「ファンタジーのよう」と表現し、「ティラノサウルス科のDNAは保存されていない」と指摘しています。DNAは死後すぐに崩壊し始め、最古の保存DNAでも約200万年前のものであり、約6600万年前に絶滅したティラノサウルスのDNA復元は困難だという理由です。
また、彼らが基盤とする化石コラーゲンについても、実際に一部の恐竜化石から特定されてはいますが、復元するには断片化されすぎている上、ティラノサウルスのコラーゲンに対する研究者の理解も不完全だそうです。カーセッジ古生物学研究所所長のトーマス・カー氏も、ティラノサウルスに特異的なコラーゲン分子を正確に再構築するためのテンプレートは十分ではないと述べ、コラーゲンが非常に一般的な分子であることから、ティラノサウルスを現生の近縁種と区別するような種特異的な配列があったら驚くと懐疑的な見解を示しています。
一方でカー氏は、研究室製の皮革を追求すること自体は倫理的に理にかなっており、パートナーシップによる研究手法そのものは興味深いと評価しています。しかし、その場合は恐竜ではなくウシやワニなど、現代でも生きている動物に焦点を当てる方が簡単であり、残酷な動物製品を使わないという倫理的手段には、「エキゾチックで『古代的』なひねり」は不要だと主張しています。
人類の大陸進出を後押しした? 好奇心と進化の足跡
私たちヒトは、金銭や食べ物といった直接的な報酬がなくとも新しい知識を欲する、好奇心の強い動物です。現代人とネアンデルタール人やデニソワ人のゲノムを比較した研究によれば、この好奇心の強さは進化の過程で変化しており、これがアフリカで誕生した人類が世界中に広がった一因となった可能性があるといいます。
好奇心は脳の神経細胞ネットワークが生み出しており、神経伝達物質の放出に関わるVMAT1というタンパク質が関係しています。千葉大学の佐藤大気氏らは、このVMAT1の神経伝達物質と結合する部位の形が多くの動物で共通しているにも関わらず、ヒトだけが変異していることを発見しました。
この変異は過去に2度起きていたことが分かっています。1度目は人類がチンパンジーとの共通祖先から分かれた後に起きた古い変異で、神経伝達物質の放出量が減り、不安を強く感じる変化をもたらしました。この変異はネアンデルタール人など他の人類種も共有しており、当時の生息環境が森から草原へ移ったことで、周囲に注意を払う形質が有利だったためではないかと推測されています。
現生人類では、その後さらに2度目の変異が起きました。今度は神経伝達物質の放出量が増え、不安を感じにくくなる傾向の変異です。この2度目の変異を持つ人の割合には地域差があり、アフリカ大陸内では少ない一方、アジアやヨーロッパでは集団の2~3割が持っています。この変異が生じた時期はゲノム配列から約10万年前と推定されており、これはちょうど私たち人類の祖先がアフリカを出た時期と一致します。この一致から、不安を感じにくくなった個体が好奇心を発揮し、新たな大陸へと広がったのだと考えたくなる、と記事は述べています。
もちろん、他の要因があった可能性も否定できません。しかし、興味深いことに、アジアとヨーロッパでは、不安を感じやすい形質と感じにくい形質の両方が、現代に至るまでの10万年間、積極的に維持されてきました。これは進化遺伝学で「平衡選択」と呼ばれ、現代人集団のゲノムの多様性が高いことがその証拠です。研究者は、**注意深く不安を感じやすいタイプと、好奇心が強く不安を感じにくいタイプという「両方のタイプが集団内にいることが重要だったのだろう」**と考えています。
また、VMAT1遺伝子の変異はうつ病や不安障害などとも関係しており、精神疾患に関わる遺伝子変異の中には、このように現代人集団中で維持されているものが少なくないそうです。これらの変異が持つ進化的意義を解き明かすことは、今後の研究課題となっています。この研究の詳細は、日経サイエンス2025年6月号に掲載される予定です。
「言語化」の多様な側面と、非言語的な思考、そしてゲームの上達
最近、X(旧Twitter)上で「言語化」についての議論が活発に行われていたそうです。その中で、「言語化とは情報量を減らすことである」という言説に対して、筆者(Spicies氏)は引っかかりを覚え、「言語化という単語が、情報量を増やす処理を示すこともあるよね」と主張しています。
筆者は、「言語化」という単語の定義域が広すぎることが曖昧さの原因だと考えています。事実、非言語論理、言語論理、言語表現、言語作品という分類を用い、これらの形式の間の様々な変換が「言語化」と呼ばれ得ると説明しています。
言語化によって情報量が減るのは、無数の事実から論理を構成する要点を抜き出す操作(事実→事実以外の形式)を指します。これは論理的思考に不可欠ですが、結論ありきの事実選択にならないよう注意が必要です。
一方で、言語化によって情報量が増えるのは、事実以外の形式からの変換を想定しており、増える情報は「分かりやすさ」であって、本質的な内容は変わらないとしています。「場に出たターンすぐに攻撃できる」のように、内容は同じでも文字数が増え、より多くの人に伝わるようになる例が挙げられています。この情報量が増える言語化は、自分の中での理解を助けたり、知識の共有や議論を可能にしたりする上で重要です。
議論の場で、お互いが異なる「言語化」の解釈をしていると、真逆の結論が出てしまう不便さを指摘し、意図を正しく伝えるために「何から何への言語化なのか」を意識すること、そして相手の解釈に寄り添う意識を持つことの重要性を述べています。
さらに、筆者は「非言語の言語化」について掘り下げています。非言語論理とは、自然言語を必要としない論理的思考のことで、事実から要点を抜き出し、情報量が最も少ない形式であり、論理的思考の蓄積によって無意識化され高速で行える状態を指します。一方、非言語非論理=感覚とは、ゲーム体験の蓄積によって生まれ、何も考えずに結果を得るような処理であり、無意識下で桁違いに多い情報に関わる特徴を持ちます。感覚的な処理は論理的処理に劣らず、高レベルに達するために最も必要であるとも述べています。ただし、感覚的な処理は直接言語化できないため検証・修正ができず、精度が担保されない課題があり、精度改善には「経験値を増やす」ことが唯一の方法であるとしています。
「沢山やってるやつが強い」というのが、カードゲームの上達において一般論として主張できる内容だと結論付けています。この「沢山やってる」には、試合数をこなすこと、論理的思考、情報収集、メタゲームへの意識、他の経験の転用など、あらゆるアプローチが含まれるとしています。ただし、最適なアプローチの配分は環境によって異なり、プレイヤーの初期条件も様々であるため、万人に共通する一般的な最適解は存在し得ないとも述べています。だからこそ、アプローチの「手札」を増やすことが有効であり、自身に適したやり方を見つけることが大きなプラスになると結んでいます。
中国の古都で発見された驚き
最後に、考古学界が驚愕したという中国の発見にも触れておきます。それは、3000年以上前の中国の「盤龍城」で石造建築物が発見されたというニュースです。詳細な内容はソースにはありませんが、この発見が歴史研究に新たな光を当てる可能性を秘めていることは間違いありません。